「自然栽培」と「譲る米」の違い。「自然に育つ」をどこに置くか、の違い。

「自然栽培」と「譲る米」の違い。「自然に育つ」をどこに置くか、の違い。

これが今回のテーマです。

前回の記事で、少し「自然栽培」と「譲る米」の違いについて触れました。

ただ文章が長くなったために、分かりにくくなったと思いましたので、改めて抜き出してまとめたいと思います。

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1.前回の記事
2.「稲本来の力を引き出せる」農法は、「自然栽培」と「譲る米」どっち?
◆自然栽培◆
≪かわいそうな理由≫
①明らかに栄養失調ぎみ
②あからさまに雑草に栄養を盗られている。
③除草の際に株ごとなくなっている。
◆譲る米◆
≪たくましい理由≫
①元気にじっくり育つ
②雑草がほぼないので、栄養を盗られず、稲自身のために使える。
③根を傷付けられないので、じっくりと栄養を吸収し、育つことができる。
④機械除草をしないので、株がなくならない。
3.「自然栽培」と「譲る米」の違い。「自然に育つ」をどこに置くか、の違い。
4.100人いれば100通りの考え方があって当然。その上で、、、。

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前回の記事は以下の通りです。

1.前回の記事

以下引用です。

2つの自然栽培のお米がある。どちらがより自然栽培と思いますか。「自然」に求めるポイント。

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9.「自然栽培」と「譲る米」。どちらが、より「自然」のイメージに近いですか。

ようやく、今回のテーマにたどり着きました。

2つの自然栽培のお米がある。どちらがより自然栽培と思いますか。

今まで「自然栽培」と「譲る米」の比較をしてきましたが、大きな違いをまとめます。

◆自然栽培

①秋起こしせずに放置

②無施肥

③無農薬

④無施肥、無農薬なので、栄養を雑草に盗られないように、水田内の除草作業を何度もする。

 (根っこが切れるリスクが増える)

⑤雑草に栄養が取られながら、根も傷つけられるので、稲がストレスを感じやすい。

⑥農薬を使わないので、畦畔の草刈り、除草作業で、かなり燃料を使う。慣行栽培よりもCO2は多くなる。

◆譲る米

①秋起こしする。

(土壌菌入りの、廃棄野菜と米ぬかを利用した肥料をまいてから耕起し、6ヶ月ほど寝かせる)

②上記以外肥料を与えない。

③田植え時に農薬3回(3成分の事)、その後雑草の状況により2回(2成分)を幼穂形成が始まる前までに使う(令和3年産の場合)。

④水田内になるべく入らないようにする。

 (根っこが切れるリスクが減る)

⑤追肥もしない、雑草にも栄養を取られない、根も元気だから、稲のペースでストレスなく、大地の栄養をしっかりと吸い上げることができる。

⑥農薬を適切に使うので、燃料の消費や労力を減らせる。大気中にバラまかれるCO2を減らせる。

 

完結にまとめると、

◆自然栽培

田植後に、畦はもちろん、水田内での人為的な作業が多い。
大事な時期に根を痛めやすいので、稲の生長に不安が残る。

 

◆譲る米

田植え前の、土づくりに手間をかける。
田植後は、あまり水田に入らない。
大事な時期に根を傷つけず、追肥もしないので、稲本来の力を存分に発揮して、稲のペースで育ち、元気で美味しいお米を稲が育ててくれる。

 

今回のテーマの問いかけに戻ります。

「自然栽培」と「譲る米」の2つの栽培方法をみて頂いてお尋ねします。

どちらが、よりイメージしていた「自然栽培」に近いですか。

「自然」のイメージに近いのはどちらですか。

「稲本来の力」を引き出せるのはどちらでしょうか。

 

答えは人それぞれぞれなのはもちろんですが、その上であえて、私は「譲る米」を計画しました。

土壌菌に重きを置くのは「自然栽培」も「譲る米」も同じ。

あとは、「稲本来の力を引き出せる」農法

田植後の稲の生長を邪魔したくない。

根っこを含めた稲の生活圏に人間が入りたくない。

その方がより「自然」なのではないか。

私はそう思いました。

私だけではなく、そう思っている農家の人は意外に多いのではないかと思います。

だから「自然栽培」に2つあってもいいのではないかと。

従来の無施肥・無農薬のイメージの「自然栽培」と、

土壌菌入りの、廃棄野菜を再利用した肥料と農薬を適切に最低限使った「自然」に近い「栽培」方法

同じ名前では混乱するので、あえて主役は土壌菌たちであるという「譲る米」農法。

食べられる方のイメージにあった、そんなお米を選んで頂けるように、お米作りを考えていきたいと思います。

楽しんで「米活」をして頂けたらと思います。

せっかくなので、「譲る米」の紹介を図入りでさせて頂きます。

2.「稲本来の力を引き出せる」農法は、「自然栽培」と「譲る米」どっち?

この答えは、人の数だけあると思いますし、それでいいと思っています。

自分の意見を押し付けるつもりは毛頭ありません。

ただ、毎年、自然栽培の稲を見ていて、少しかわいそうになってしまいます。

◆自然栽培◆

≪かわいそうな理由≫

①明らかに栄養失調ぎみ

「もっと栄養があったなら、もっと太い茎でたくましく育ってただろうなぁ」

と、ちょっともやし感、ひょろひょろ感を感じてしまいます。

株数も少ないし、穂の数も少ない。

そんな姿を見ていると生産者として、稲に申し訳なくなる。

②あからさまに雑草に栄養を盗られている。

稲と雑草の様子を見比べると、後から生えてきた雑草の方がお肌ツヤツヤで、どんどん大きくなっていきます。

「なんで先に植えていた稲が後からの雑草に負けるの?」

「稲のあのボウボウな根より、後発の雑草の本数の少ない根の方がどうして栄養吸収できるの?」

美味しさを求めて作られた品種と、生き抜くために特化した雑草との生命力の違いをまざまざと見せつけられます。

「なぜ雑草に勝てぬ!」

毎年思う事です。

③除草の際に株ごとなくなっている。

水田中の除草は、4輪の田植え機で入るので、ハンドル操作を間違えると、タイヤが盛り上げた土で埋もれてしまったり、除草機の部分で、稲を抜いたり埋めたりしてしまう。

稲自体がなくなれば収穫量は自ずと減ってしまう。

下の写真にもありますが、田植え機がターンする所(田んぼの手前と奥)は、ほとんど稲が消えてしまいます。

作業方法としては仕方ないのかもしれませんが、稲の株自体がなくなるのは、本末転倒ではないかと、考えてしまいます。

例えば、燃費をよくするために軽くしようと、車にガソリンを入れず、「やばい、ガス欠になりそう。ガソリンスタンドはどこだ!どこだ!」と慌てふためいた挙句に、遂にはガス欠になり、交通渋滞のきっかけになってしまった、という知人の話が思い出されます。

車に乗るのなら、ガソリンはしっかり入れよう!

ちょっとわかりにくいでしょうか。

こんな例えだったらどうですか。

ある日、帽子を買いに行った。

なかなか見つからない。

妥協して選ぶしかないのか。

何店舗も回った所で、ようやく、心に衝撃が走る帽子と出会えた。

これだ!この帽子こそ探し求めていたものだ!

妥協せずに探し求めてよかった!

だがしかし、自分の頭には合わない。

帽子が小さかったのだ。

すると、どうだろう。その人がその後とった行動は。

なんと、自分の頭を削り始めたのだ!

自分の気に入った帽子をかぶるために、自分の頭を削る。

死んでしまいます。

死んでしまって、帽子にどんな意味があるのでしょうか。

楽しく気持ちよく生きるために、帽子を探していたのに、帽子のために命をすてるなんて。

こんなバカな話は現実にはないでしょうが、お米を育てているのにお米の犠牲を前提に考えられている。

そんな農法でいいのか。

目的を見失ってはいませんか?本末転倒ではないですか?

考えさせられる時があります。

物質的には恵まれた時代です。

だからと言って、時代のせいにして、「もったいない」ことをしてもいいのか。

いないな、フードロスが問題になっている時代です。

50年ほど前の米農家の方が見たら、なんてもったいない、育て方をしてるんだと、叱られると思います。

土を無駄にしない。その栄養は、全てお米のために使ってあげないと。

しかも田植え後の、大切な、命の苗をダメにするなんて、なんてことだ!!

「もったいない」というよりも「土や稲や、先祖代々守ってきた土地に申し訳がない」

そんな悲痛な声が聞こえてきそうです。

 

◆譲る米◆

続いて「譲る米」です。

もともと「自然栽培米」に対抗しようとして考えたものではありません。

そのうち農業に携わることがあれば、やってみたいと、温めていたものです。

◎廃棄される野菜や果物を再利用した肥料

◎もともと土壌にいた実績のある土壌菌(微生物群)を含んでいる。

この2つを兼ね備えているから、従来の肥料でできないことができる。

それは、土を元気にしてくれる、ということ。

そのまま、それを取り巻く環境をも豊かにしてくれるということ

生態系を元気にしてくれる。

当り前の事かと思われますが、実は農業というのは、米作りだけでなく野菜も果物もそうですが、基本的に農業は環境に負担をかけます。

「環境負荷低減」という言葉もあります。

どうしてか。

農薬を使うし、化学肥料も使うからです。

正式名称で言うと、化学合成農薬、化学合成肥料です。

少し、毒々しさが増すでしょう。

大気汚染の原因の一つとして、海外のトウモロコシ畑の農薬散布や肥料・堆肥散布注が目されています。

それだけ農業は、環境に負担をかけます。

「譲る米」では、化学合成肥料は水田内では使わず、農薬も、特別栽培米の基準の更に半分以下に抑えています。

環境負荷を低減すためです。

肥料は、廃棄野菜や果物などを再利用したエコ肥料を使っています。

そうすることにより「もったいない」を少しでも減らせる。

「フードロス」「食品ロス」を減らし、有効活用し、次の命に繋げられる。

それは、次の農作物だけではなく、それを食べる人、人だけではなく、動物たちの命にも素敵な影響を与えてくれる。

家庭菜園で、その生き返った土で育った野菜の美味しさは、実感できた。

近所の方が驚くほど、生態系もにぎやかになった。

小鳥が、その肥料を食べに来るし、カエルも増え、蛇も増え、散歩の犬も肥料をなめる。

自然界の生き物たちは、直感でわかるらしい。

「食べ物でできたものだから、当然食べられる」

たまたま自然栽培米も「微生物群(土壌菌たち)」に重きを置いていただけ。

そんな農法でお米を育てたい!

いったいどんなお米になるのだろう?

どんな甘味、香り、食感、風味になるのだろう。

「土壌菌が作ったお米」といっても何が何だか分からない。

だから、自然栽培米や、無農薬栽培米、特別栽培米と比較しているだけ。

少しでも、作り手と、消費者の方とのギャップを埋めたいから。

そんな想いをこめて育てた「譲る米」の紹介をしていきます。

◇◇◇◇

「慣行栽培」と「自然栽培」の違いは、肥料分を入れるかどうか、農薬を使うか使わないかです。

「慣行栽培」と「譲る米」の違いは、いつ肥料分を入れるかと、追肥するかどうかです。

「譲る米」の肥料のタイミングは、稲刈り後の秋に肥料をまいてからから耕し、その後6ヶ月ほど寝かせ、その後追肥しません。

土の中の微生物群、土壌菌たちに、元気で健康な土づくりをしてもらいます。

「譲る米」と「自然栽培」の共通点は、土壌菌たちが分解した有機物を肥料分とします。

「譲る米」と「自然栽培」の共通点は、追肥しないので、自分の力で、自分のペースで生長できます。

途中の突然の追肥により、ペースをかき乱されることはありません。

「自然栽培」は、肥料を入れてないので、少し弱弱しく栄養失調気味に見えます。

「譲る米」は、栄養となる肥料を入れているので、自分のペースで、しっかり育つことができます。

「自然栽培」は雑草が生えるので、タダでさえ少ない栄養が雑草に盗られます。

「譲る米」は、除草剤を使っているので、雑草が生えにくく、雑草に栄養を盗られないので、田の養分をしっかり吸収し、しっかりと生長できます。

「自然栽培」は、除草作業のために何度も水田の中に入るので、稲の大事な根を気づ付けるリスクが増えますので、生長に影響を与えます。

「譲る米」は、人が最低限しか水田中に入らないようにしているため、根を傷つけるリスクが減り、稲がしっかりと栄養を吸い上げることができ、生長スピードに害を与えませんので。伸び伸び育つことができます。

「自然栽培」は、畦の草刈り、水田の機械除草の際に、大量に燃料を消費します。

「譲る米」は、畦は除草剤散布をし短時間で終わらせ、また、水田の機械除草はしないので、自然栽培に比べ圧倒的に燃料消費が少なく、CO2を削減しています。

「譲る米」は、廃棄野菜を再利用した肥料を使っているので、環境に優しく、食品ロスを減らす対策に関わっています。

「自然栽培」では、肥料を使いませんので、そういった事は出来ません。

≪たくましい理由≫

①元気にじっくり育つ

自然栽培と同じく、田植時に肥料が撒かれないので、初期の生育は、自然栽培と同じようにゆっくりとしています。

それ以外の栽培では、田植時に苗の根っこの隣に肥料を入れます。ですので、早い段階で活着し、どんどん大きくなっていきます。

 譲る米では、根元に肥料分がないので、栄養分をかき集めるために、まず根を伸ばさなければなりません。

自然栽培の場合は、栄養が少なく雑草にも盗られるので、根を伸ばしてもなかなか栄養にありつけません。

譲る米では、伸ばせば伸ばすほど栄養が吸収できますので、伸ばした分栄養の吸収効率が上がりますので、必死に根を張ります。

それ以外の農法では、根元に栄養がありますので、稲としては最初のうちは、必死に根を伸ばす必要がなくなってしまうのではないかと推察しています。

有機肥料や化学肥料を与えたものに比べれば、分げつの数は少ないかもしれませんが、しっかりと穂をつけてくれます。分げつが多いからといって、全ての穂の品質が良くなるわけではありません。栄養には限りがあるので、未熟米などの比率も多くなります。

株数が少なく、穂や籾が少なくとも、その一粒一粒に、旨味や栄養がしっかりと蓄えらているのななら、それは十分に素晴らしいことで、そういった一粒一粒を狙って「譲る米」を栽培しています。

実際に、「譲る米」は、中米(2番米)や色彩選別機落ちやくず米が少ないです。

言葉を変えるのならば、稲本来の潜在能力を開花させるので、無駄がなく、効率の良い、環境にも優しく、稲本来の生命力を感じて頂けるお米を育てる栽培方法です。

肥料のやりすぎると、稲の丈が伸びたり茂りすぎて、倒れたり、病気になったり、害虫に襲われやすくなります。

そうなると量は取れても、品質は下がります。

「譲る米」は、適度にしっかりと生長してもらい、稲本来の力で、一粒一粒の品質を上げることに力を入れています。

こういう意味で、慣行栽培、特別栽培米と比較すると、「譲る米」は「少数精鋭米」だと思っています。

②雑草がほぼないので、栄養を盗られず、稲自身のために使える。

これは先にもふれたことで、雑草が生い茂らないので、雑草に栄養を盗られず、じっくりと栄養を吸い上げることができる。

また、株間の風通しもいい。

③根を傷付けられないので、じっくりと栄養を吸収し、育つことができる。

これはとても大きな点です。

せっかく根を伸ばしても、自然栽培のように途中で傷つけられては、賽の河原の石積みと同じです。

 稲本来の力を引き出すことはできません。

 根を傷つけなければ、稲本来の力を引き出すことができます。

そういう考え方に重点を置いて栽培しているのが「譲る米」です。

「根」は生長の要です。

人間も栄養をしっかりと摂らなければ、しっかりと成長できません。

特に細胞分裂が活発な成長期、また、妊娠時です。

稲も同じで、穂を作る時には、健康な母体が大切であり、栄養の有無は深く関係しています。

④機械除草をしないので、株がなくならない。

「自然栽培」では、機械でターンするところの稲はなくなりますが、「譲る米」はなくなりません。

田んぼの土や栄養を、無駄なく、しっかりと使えます。

また、稲の株を無駄にするという本末転倒の、もったいないこともありません。

 

3.「自然栽培」と「譲る米」の違い。「自然に育つ」をどこに置くか、の違い。

今までの記事を読まれて、より「自然」というイメージに近いのはどちらだと感じたでしょうか?

作り手の私から一言で言わせて頂ければ、

◆「自然栽培米」

「自然栽培米」は、雑草に栄養を奪われ、人や機械に根を傷つけられる中、必死に育つので、「野性味」のあるお米。

「何とか生き残れたお米」とも感じます。

※人の手がなければ草に埋もれて、育たないので、本当にこれが「自然」なの?と疑問が常に頭をよぎるお米

真夏の暑い中、どしゃ降りで蒸し暑い中、何日も草取りをしていると、「これのどこが自然?」と思ってしまうお米です。

◆「譲る米」

「譲る米」は、雑草に栄養を奪われることなく、人や機械にも根を傷つけられない、また追肥もしないので伸び伸びと稲のペースで育つことができるので、「稲本来の潜在力を引き出したお米」です。

「稲がマイペースで伸び伸びと自然に育ったお米」です。

田植後の、水田内での人為的な作業は極力控えています。

※田植後は、あまり水田内に入らないので、稲が稲自身の力で勝手に育つ感じです。水田内は、ほぼ放置ですので、自然に育つイメージです。

もちろん、譲る米も、他の栽培のものと同じで、途中、溝切や、除草剤散布のために入ることはありますが、それだけです。

「譲る米」の手間がかかり、頭を悩ませ、気をもむ所は、田植までの土づくり作業と、その後の水管理です

4.100人いれば100通りの考え方があって当然。その上で、、、。

「自然」というイメージをどこに置くかで、全く変わってきます。

農薬を使わないから「自然」なのか?

肥料を使わないから「自然」なのか?

こんなに人の力、機械の力を使っているのに「自然」なのか?

農薬を特別栽培米の基準の半分以下に抑えても、もう「自然」とは言えないのか?

廃棄野菜を利用したエコな肥料を使っても、もう「自然」とは言えないのか?

田植後、人の力、機械の力を極力使わず、伸び伸びと稲が育っていても、「自然」とは言えないのか?

答えは、100人いれば100通りあると思います。

当然なことです。

そういうことを踏まえた上で、せっかくなので、一度、今までの「自然栽培」の定義や先入観を捨て去って、考えて頂きたいと思います。

それでは、お尋ねします。

皆様にとって、「自然栽培」の「自然」というイメージはどちらでしょうか。

 

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