あ、アオリイカばっか釣ってちゃだめじゃないすか ―生態学的にかっこいい生き方―

鉄を溶かしたような太陽が水平線に滲んでいる。もう直に暗くなるが、青銀色のリアリスティックなエギをスナップにかける。この時間はアオリイカの活性が高いから、好みのものを使う方がしっくりくる。すっと一投すると、リールからラインがばらばらと繰り出していき、やがて落ち着く。本日最初のキャストでもあるし、ラインの緩みをきれいにまきとると、それが訪れるまでしばらくまつ。ラインに人差し指を添え、テンションを感じる。そのことで着底がわかるかといえば、自分でも疑わしい。ひとつのまじないのようなものだ。来た。そう想うや自然に腕がサオを振り上げ、エギに生命を与える。再度、沈みかけたところへもう一度、と、今度はドーンとした手ごたえとともサオがしなる。早いな。しかも大きい。そうつぶやきながら、一定の速度でリールを巻く。あたりはすでに薄暗い。しかしもう見えてきた。大きい。てゆうか、長い。って、海藻じゃーん。
前回、海藻利用の話をブログ(海とのかかわりから自然栽培を考える)にかきましたが、新井先生のお話はそれだけではなく、特に盛り上がったのは「磯焼け」。しかも、その磯焼けに最近(でもないか)はやりのエギング(アオリイカをルアーで釣ること)が関係しているかもと聞いて、これまた興味がわいてきました。というわけで、今回は、自然栽培とあんまり関係ありませんが、磯焼けの発生および傾向と対策に関するやや偏った一考察と、およびそれを前提とした、ハイクラスなライフスタイルについて提案したいと考えています。
まず、磯焼けとは何か?ですが、
 磯焼けという言葉を聞いたことがある。・・・・68.2%
 磯焼けは沿岸の海藻群落の衰退を意味する。・・18.6%
 磯焼けを見たことがある。・・・・・・・・・・7.8%
 海苔でくるんだ切り餅のことだ。・・・・・・・5.4%
といったところでしょうかね。磯焼けとは、シンプルにいえば、海藻がいなくなってしまうことです。あるべきところで。特に、ワカメや昆布など海藻らしい海藻がなくなった後、石灰藻なるものが広がって白っぽく焼けたようになることがあるため、磯焼けといわれています(必ずしもそうなるわけではない)。海藻は、海の動物たちにとって、食糧であり、住処であり、産卵の場であり、生態系の基礎となる役割をもっているため、これはゆゆしき問題だといえます。まあ、このご時世、ゆゆしき問題が食べ放題バイキングで、胸焼けマックスですが。
磯焼けは、19世紀初めごろからすでに報告があったそうですが、1994年に「森は海の恋人」という本が出版されたことをきっかけに海とあまりかかわりのない方の耳にも入るようになった言葉でしょう。この本をかかれた畠山氏は、森林の土からの供給される養分が海に流れ出て海藻を育てると考え、家業の漁師のかたわら植林をつづけました。当時、林学の学生だった私は、すたれ行く林業と林学に道を失いかけていましたから(え、今も?)、森林が海を育てるっていうのは非常に魅力的な話だったし、畠山氏を尊敬しました(あ、これは今もね)。畠山氏の活動を支持した、北海道大学の松永氏は、海藻やプランクトンに必要とされる鉄分が海に供給されるためには、森林土壌の腐植が大きな役割をもっているとし、これまた適度に科学的な説明(やや難しいということ)で受け入れやすいものでした。しかし、美しい仮説が、事実とは限らない世知辛い世の中なもので、現在、磯焼けにとって森林の有無はもっとも重要な原因とは考えられていません。
と、そんな私に、アイゴやメジナなど草食の魚によって磯焼けが起きるのです。と新井さんが唐突にいう。え、今なんとおっしゃいましたか?といいよりそうになりつつも、そんなこと知ってるよみたいな顔して話を伺いました。特にアイゴが重要なようです。アイゴという魚は、西太平洋の暖かい地域の沿岸部に生息する魚で、海藻を好んで食べます。日本では岩手県および新潟県以南に分布しています。南方系の魚なので、寒い海では繁殖できないのですが結構北上してくるのです(死滅回遊あるいは無効分散)。当然ながらもっと北では別の原因ということになりますが、ここでは触れません。あしからず。
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アイゴをみたことないけど、こんなやつです
さて、宇宙から突然やってきたわけでもないアイゴが、どうしていきなり海藻を食い尽くしてしまうのか?それは地球温暖化による海水温上昇のせい。以前は、冬になると水温の低下とともに魚の活動が鈍くなり食欲も低下する一方、海藻は寒い時期ほど繁茂するうえ食害も少ないのでせっせとバイオマスを確保できていたわけです。ところが年間を通して海水の温度が上がってくると、活動が低下するはずの冬にもアイゴが海藻をどんどん食べてしまい、海藻はピーク時にやられるので回復不能ということになるのです。
さらに考えるべきこととして、こうした海藻食の魚たちを食べる高次の捕食者(フィッシュイーター)の影響があります。ブリやスズキといった魚類やイカの仲間がこれにあたります。わかりやすい話として、こういう魚が減ると、海藻食の魚が増え、海藻が減る、というストーリーが成り立ちます(ちなみに、このようなトップダウンの効果をトロフィックカスケードあるいは単にトップダウン効果といいます。逆に海藻が減ってそれを食べる魚が減ったというのはボトムアップ効果です)。そういえば、一昨年はブリがぜんぜんとれませんでしたね。また、近年、ちまたではエギとよばれるルアーをつかったアオリイカ釣りが盛んになり、かなりの数が釣り上げられてしまっています。以前は、海で泳いでいると、まるで宇宙艦隊みたいにアオリイカが浮遊しているのをみることができました。近づくとジェット噴射でビシュっといなくなります。最近はあまり泳ぎにもいけないので変化のほどはわかりませんが、新井さんによるとずいぶん警戒心が強くなっているとのことでした。アオリイカは自分の口より大きな魚を捕食できるし海藻の群落内で狩りをするので、海藻食魚種の捕食者として重要な役割をもっているでしょう。こうなると、より高次の捕食者として磯焼けにヒトが大いに加担しているという可能性もでてくるのです。
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アオリイカ。写真持ってるけど、流れで絵です
ここまで、磯焼けの原因として地球温暖化によるアイゴなど海藻食魚類の行動の変化と高次の捕食者の減少を紹介しました。それじゃあ、われわれはどうすればいいのか。地球温暖化については、残念ながら、もうどうにもならなりませぬ。一方、後者については、実際釣り人による捕食圧の影響がいかほどなのかは不明だから、取り組むべき課題として優先度が高いとはいえません。しかし、アオリイカばかりを乱獲するというのはそれ自体問題があるのは明らかです。だから、たとえ調子のいい日でも、大きな個体なら1、2杯も釣り上げたら、肴には十分だと満足して家に帰るか、あるいは、アイゴを狙って磯釣りにシフトするとか。いずれにしても、海の食物連鎖を頭の片隅におきつつ、釣りをたしなむというのがハイレベルの釣り師です。断言。また、アイゴという魚は、釣ってから時間がたつとハラワタのにおいが身についてちょっと食べにくくなります。そこに気をつければとってもおいしい魚だそうで、皿までなめたくなるという噂です。食べたことないけど(石川では出回ってません)。一方、メジナは普通においしい魚ですが、皮を剥がずにあぶったり(焼き切り)熱湯をかけて(湯切り)刺身にするのがオツです。そういう多彩な魚の特徴を知り尽くし、おいしく調理できるというのも海洋国家に生まれた身として是非とも身に着けたいスキルです。最近、魚をさばける男子はもてるらしいですぞ。また、釣りをしない人も、マグロやブリのサクばっかり食べずにいろんな魚をスーパーで買って食べる。売れるんだってことになれば、漁師も獲るよってことになるでしょう。食事をするときには、自分の体の栄養バランスを考えることはもちろん大事ですが、それと同時に食物網への影響もバランスをとることが求められているわけです。
もうお帰りかい?と最近ここ顔見知りになった男が声をかけてくる。ああ、アオリイカはあきらめて、磯釣りにしたらアイゴがずいぶんかかってね。早く帰ってさばかないと。
うん、じゃあ、また。
注 今回の内容は新井さんから聞いたお話と私の思い込みがないまぜになっているので、事実に反していても新井さんに不平を言わず、酒の肴にでもしてください。